禁漁となってから、まだ、十日たらずです。 ずいぶん長い事釣りをしていない感じで、釣りに明け暮れていた季節は 遠い昔の記憶みたいです。 釣りをしないと、ぽっかり穴が開いて何か欠けてしまうのでしょうか。 季節の移り変わりと同じように僕の生活は移り変わる。 今まで外に向いていた気持ちが内に向かってくる。 休みの日は外出せず、一日テレビやパソコンと睨めっこして時間を過ごすようになる。 アウトドア派が、インドア派になってしまう。 インドア派といっても、特別な事は何もしない。 ただ、部屋にいて、だらだらしているだけのことである。 冬眠状態というべきなのか。 いや、この言葉は適切ではない。 今は秋だからである。 秋は、実りの季節で、渓流には、冬に備えて様々な実が生るのである。 動物達も、ここぞとばかりに、活性をあげる。 普段、里に降りてこない動物達も、人家の実りを狙ってくる事がニュースなどで たびたび報道される。 渓魚たちも、また、産卵の季節である。 人で言うならば恋の季節となる。 渓魚たちは恋をし、卵を産む。 ヤマメやアマゴは約2〜3年で産卵すると鮭と同じように死んでしまう。 稀に、生き残る物もあるようであるが。 一方、イワナは7〜8年生き残るようで、産卵回数も2〜3回である。 渓魚と呼ばれる者でも、イワナとヤマメ、アマゴでは、違う。 ヤマメ、アマゴたちは、産卵すると死んでしまうなんて、何だか儚い。 美しい姿態を身にまとっているヤマメ、アマゴは、イワナに比べると短命なのである。 その、ヤマメ、アマゴたちの生活してきた姿を想像する。 川で生まれ、川に残る物、海に下る物、その、三年間の間には色々なドラマがまっている。 川が増水し渇水し釣り人に狙われたり、鳥に狙われたりし、生き延びた物が 恋をし、産卵し朽ち果てていく。 美しい姿態を身にまといながら、獰猛な面も持っている。 時には、蛙を食べる時だってあるのだ。 生きていて、食べられそうなものは何でも食べる。 かと言って、やたら、めったに食べない。神経質で警戒心が強く、釣り人をあざ笑うかのような一面も持ってい る。 ヤマメ、アマゴは、何となく精悍で愛嬌がない。 一方、イワナは、アマゴほど警戒心が強くない。 餌の食べ方も、豪快だ。 ヤマメ、アマゴが、流れの速い所にいるのに対し、イワナは流れの緩やかな場所やどんよりとした淵にいること が多い。それだけ、イワナは、性格がゆったりしているのだろうか。 時に、リリースしてあげようと川へ離してあげた時、顔だけ水面上にだし、僕と見詰め合った事がある。 それも、一秒や、二秒ではなく、二十秒程なのである。(もっと短い時間かもしれない) 普通は、人に捕まり、早く逃げたいはずなのだが、逃げようとしなかった。 僕は、思わず、手を振って、「バイ、バイ」と言ってしまった。 あの、イワナは、何か、言いたそうな顔をしていた。 それは、何かは分からないが。 イワナのドラマを考えると、何か、滑稽でもある。 餌を食べ過ぎたり、食べられなかったりといったように。 食べたいんだけど、食べられない、 時に、こんな事もあった。 流れの速い場所にフライを流すと、イワナが口を大きく開けて追ってくるのである。 イワナの口はかなり、大きい、水上から見ると開いた口が真っ白く丸く見えるのである。 でも、流れが速い為か口にすることが出来ない。 「アレ?アレ?」 とでも思っているかのように見えてしまった。 イワナには何故か憎めない愛嬌がある。 釣行の記憶って、何故か、新鮮で印象に残っていることが沢山あります。 それは、渓魚との出会いが一期一会だからなのでしょうか。 この時期、釣行の記憶を辿ってみるのも一つの釣りの楽しみ方かもしれないですね。 |